夢だけ持ったっていいでしょ?

 

嵐を好きになった具体的な日付けは覚えていないけれど

嵐を好きになってからは

私はいつも嵐に支えられていた。

嫌なことがあっても、辛くても私には嵐がいて、たくさんの楽しいと幸せを与えてくれていた。

 


番組を見てるだけで十分幸せだったけれど

やっぱりで生で会いたくて

幸せなことに毎年ツアーをしてくれていて

 


ツアーを発表したら

家の中を1周走るぐらい(笑)、嬉しくて

いつ応募しよう?、と考えるだけで楽しくて

当落の前になったら何としてでも当たりたくて

得を積もうと、落ちてるゴミをゴミ箱に入れる、とか何でもない親切を1日1つやってみたり

神社に行って、お願いしてみたり

はたから見たら、意味がないように見えることでも全部やった。

 

 

 

そして、嵐を通じて出会えた人たちがたくさんいて

嵐がドームに来た時には、いつも画面を通じて話してた人に会いに行くのも楽しみの1つで

この時に撮った写真はどれも楽しそうで


もちろん、ドームに嵐が来た時以外にも

嵐を通じて出会った人たちと

カラオケでデュアルしたり、遠出してロケ地行ったり

行きたいところも、やりたいこともたくさん増えて、少しずつ叶えていけて

一緒に嬉しい・楽しいを共有できて

とっても楽しい時間。

たまたま出会えた一期一会の出会いだけれど、人生に彩りを与えてくれた財産に。

 

 

 

 

 

 

生活の中で嵐が軸となって

道標になって、尊敬できる人になって

「好き」っていう言葉1つで現せない5人になった。私の全てだった。


可笑しいぐらい好き、な人たちだった。


この幸せな時間がずっと続いていてほしい、と願っていた。

 


1999年から、恵まれない時もあったけど

ずっと5人でいてくれてありがとう。

今まで続けてくれてありがとう。

今まで頑張ってくれてありがとう。ゆっくり休んでね、という気持ちと

これからもずっと見続けていたいよ、っていう気持ちがずっと戦ってて


大好きだから、もちろんずっと大好きだからこの先も嵐を続けてくれる選択があるのだとしたら、私はそれに飛びついてしまうと思う。

 


でも、5人には幸せで心から笑っていてほしいし

智くんの会報での解答に心配な部分もあった。

 

 

思いが強ければ強いほど、受け入れるのに時間がかかるだろうと嵐がくれた約2年という時間。


折に触れて

たくさんの言葉をくれた。


ツアーの中での挨拶や

WS等で「2020年で活動休止を発表している嵐が」という枕詞がつく以外には

いつも通りの嵐がいて

いつも通りの嵐に安心していたから

2年という期間の間に、私は何も成長していなくて

 


嵐5人のレギュラー番組の最終回を見ても

 


いよいよになっても

 


実感はなくて

21年になってふとした瞬間に、

あっ、もう嵐の5人はいないんだ

って気づくんだと思う。

 

 

 

色々な場での発言に一喜一憂してるけど

 

5人がやろう!と思わないと復活はないんだろう。たとえ、ほか4人がどんなに望んで、やりたいと言っても。

 


5人の気持ちが合致することは普通に考えたら難しいのかもしれない。

 


待ってるよ、って伝えるのがいいのかも分からないし

少しでも負担になってしまうのならやめた方が良いのかもしれない。

 

 

 

 


デビュー時には、5人中3人が辞めたくて

少しでも遅かったら、選択が違っていたら

嵐として世の中に出ることもなかった世界もあったわけで

 


そう考えたら

出会えたことが奇跡で

好きになれたことはもっと奇跡で

世界は奇跡の連続だと思うから。

 

夢に

もう一度嵐に会えること、

と描いてしまうよ。

 

 

 

 

 

大丈夫だよね。

だって、"嵐”だから。